「ひきだし」第48回 孫たちと生活することでの「学び」について その5

今回のテーマは、孫たちと生活することでの「学び」について、5です。

 仕事を終えて、自分の部屋で着替えをするたびに、机上にあるものが毎回なくなっているか、位置が動いていると思うことで、また孫たちが冒険に来たな!です。

 一番下の孫は、とにかくコンセントに掃除機や扇風機、CDデッキの線を差し込んでイタズラ(孫にとっては意味あることなのでしょうけど)することが大好きです。そのたびにあちこちに掃除機をぶつけて傷をつけています。扇風機は指を傷めないかいつも冷や冷やもんです。CDは傷つくは、なくなるし……もう~! 前に学んだ通りにいろんなところにそれぞれを隠すのですが、見つけてきては、やっています。

 がまんくらべです(笑    

 まだ数週間ですが、私も妻も疲れ切っています。

「孫というものは、こうゆうもの」

「今はわからなくても、そのうち出来るようになるだろう」くらいの気持ちでいた方が「気が楽!」だなと思うくらいならないと持たないことを感じています。

 孫を叱るときを決めました。

「自分を傷つけることと、他人を傷つける」行為に出た時だけ、感情を思いっきり出して叱ろうと思います。自分を傷つけるということは、車道や線路に飛び出す、危険な場所で遊ぶなど。他人を傷つけるということは、暴力とか、火遊び(うちは仏壇があり毎朝、ろうそくをつけるので注意が必要)などです。

 あとは言葉の暴力ですね。

 気長にやっていきます。機会があったらその後の孫たちの成長をお伝えします。

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「ひきだし」第47回 孫たちと生活することでの「学び」について その4

今回のテーマは、孫たちと生活することでの「学び」について、4です。

 前回、子どもとは、元来、自己中心的で、失敗ばかりして、言うことを聞かないもの!で終わりました。

 これが、普通の子どもだそうです。別に育て方が悪くてそうなっているのでない。子どもには子どもなりの理由があってやっている。その理由を知ろうとしないで怒っている私。

 自己中心的とは、「自分を大切にする」ということです。

 子どもは、他人を大切にする前に、自分を大切にすることを学ばなければなりません。自分を大切にするということは、どういうことかを私自身が知っておくことが必要ですね。その行動が、子どもの場合、自己中心的に見えるのだとしたらなおさらです。

 「自己中心的に見える」その背景を私が十分に考えなければならない。自分自身の「窓口」を持っておくことが必要だと感じています。

 失敗も、それによって学ぶ機会を得ているという意味では、悪いことではありません。言うことを聞かないということも自我が芽生え、自己主張が出来ていることです。そのように受け止めることが出来る『余裕』、直ぐに反応しないという『姿勢』が私に必要だと感じ始めています。

 孫たちの心が順調に成長しているという証拠なのだと思うことが大事だと学んでいます。 中通校(Esumo)公式ページはコチラまで https://esumo.jp/

「ひきだし」第46回 孫たちと生活することでの「学び」について その3

今回のテーマは、孫たちと生活することでの「学び」について、3です。

 私は、叱るべきでないこと、叱ってもしかたがないこと、叱らなくてもいいことを区別して考えたことがあるか?と言われたら??? 叱っている! また、私にとっては困ったことだが、人に迷惑をかけるほどではないことを区別できているかも不安になってきています。

 年が違う孫たちに、同じように接していることに気づいて来ています(笑
 「なんで行ったことをしないの!」「さっさと洗濯物をたたもうよ!」「ご飯だから居間の片づけをしなさい」「早くご飯を食べなさい!」「ほら、またこぼしている!」「居間で走ったらケガをするよ。やめなさい!」
今、思い出してもいろんなことで怒っていることが分かります。叱りではないですね!

 これらは、困った行動ですが、ただちに命にかかわるような大問題ではありません。孫たち一人ひとりの性格でどうしようもないこともあります。イタズラは、心の成長に欠かせない部分もあるとのことですので、悪いことばかりではないのでしょう。そこまで悟れることが出来れば、孫たちにとって『いいじいちゃん』になるのでしょうね……

私の気づきです。
そんな中で、年が違う孫たちを見ていると、一番小さい孫の行動に年上の孫たちが引っ張られていることに気づきます。年上の子どもが年下の子どもの面倒を見るというのは、遊びの場面では関係ないのだと感じています。怒られて反応が一番遅いのが年下の孫になるわけです。かわいそうですよね 

 子どもとは、元来、自己中心的で、失敗ばかりして、言うことを聞かないもの!とあります。

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「ひきだし」第45回 孫たちと生活することでの「学び」について その2

今回のテーマは、孫たちと生活することでの「学び」について、2です。

 前回は、「まだわかる年齢になっていない」ということを書きました。
それで、自分自身が納得するようにと調べてみました。

1歳まで
 1歳ぐらいまでの子どもは、自分の気持ちはわかっても、他人の気持ちを知ることはできません。状況を把握することもできませんとありました。よって、この時期の子どもにルールを作って守らせようとしても無理だということです。この年代の子どもには、子どもが危ない目に合わないよう大人が環境を整えることが中心だそうです。
 
1歳~2歳まで
  この頃になると、親の言葉や指示をだいぶ理解できるようになるようです。けれど、それに従うことが出来ない。ここが厄介ですね。何かにつけて「イヤ」と言うようになり、自分の思いが通るまで泣き止みません。(子どもの心が成長してきた証だそうです)この時期に大切なのは、叱るというより、なぜいけないか、状況を言葉で説明することのようです。
 
2歳~
やってきました。うちの孫の年齢です。子どもは相手の言っていることを理解できるだけではなく、自分の意思をかなり上手に伝えられるようになるようです。でも、じいじの言うとおりにしたり、指示にきちんと従ったりすることは難しいとのこと。「ブー」と舌を鳴らしたり、私を見ないように自分の目を覆うようにしたりして離れていきますからね。ここが戦いな
のでしょうかね。先の見通しを持たせる(わかるように伝える)と、少しはガマンできるようになると書いていますが……

3歳~
この頃から、子どもはようやく、少しずつですがルールを守れるようになるようです。
ここで、じいじは
① 何が正しい行動で、何が悪い行動なのか
② どうしていけないのか
を、一緒に考えて、くり返し教えていくことが大切になると示してくれています。
  
もう半年は、環境を整えることに注意を向けて実行していかなければならないことを学びました。


ありがとうございました。

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「ひきだし」第44回 孫たちと生活することでの「学び」について

今回のテーマは、孫たちと生活することでの「学び」についてです。

 数週間前までは妻と二人きりの生活がズーっと続いていたところに!孫たちがやってきました。生活が一変!これが続くのかと思うと……どうしていいかわかりません!が正直な気持ち。

 今までの日常が突然と無くなってしまった。自分の居場所が無い。鬼ごっこして走り回っているかと思えば、急に兄弟げんかと、とにかく孫たちの声と動き回っている姿しか目に入ってこない。うるさいだけ。(元気で良かったと思えない自分がいる)。

私はストレスが溜まり、イライラしてつい言葉が乱暴になり怒っている。想像もつかないことが次から次へと起こる毎日!なんと、先週の日曜日にはコンセント抜いていたストーブがついていた!?これには驚いた。怒る前に、孫たちの火傷が心配でストーブの前で汗をかきながら見張り番……

 叱ってもわかる年齢になっている孫は、一度話すとだいたいは理解してくれる。けれど、叱ってもまだわかる年齢になっていない孫を叱ってもこちらが疲れるだけということを学びました。

 孫を叱る判断基準!
「この行いは、本当に叱るべきことか」
ということを考える時間を持つこと。人に迷惑をかけることや、生死に関係する場合は考える時間は必要ないと思います。

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「ひきだし」第43回 「プログラム」と「プログラミング」のことばの違いから考える。

今回のテーマは、「プログラム」と「プログラミング」のことばの違いから考える。

 「プログラム」とは、物事の予定や行事の進行、演劇やコンサートの演目・曲目についての計画という意味です。この場合のプログラムは、人が人に対して日本語や他の言語で進行の手順を指定します。プログラム通りに行事や演目を進めるのも人が行います。

 コンピューターにおいては、あらゆる処理の手順や内容がコンピューター言語(プログラミング)で指定されます。「プログラミング」とはコンピューターに指示を与えるということです。それによってコンピューターはその指示通りに動くということになります。

考えてみると、人はプログラムがなくても行動できます。コンピューターはプログラミングされなければ動けません。また、人はリアルタイムにプログラムを修正して行動することができますが、コンピューターはプログラミングされた通りに処理を続けます。

結局は人が考えるということです。人の生活がよりよくなるようにコンピューターが組み込まれた道具を使い、それによってできた時間を休息にあてたり、自分の可能性をさらに広げる学びにあてたり。どんな指示をされても正確に行うのがコンピューターです。私たちは、世のため、人のために何を考えるかが問われているかもしれません。

これからの時代はますます、自分がどうしたいのか?を突き詰められます。利己ではなく、利他の気持ちになって何をしていくか。何ができるかを考えていかなければコンピューターが悪用されるようになります。

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「ひきだし」第42回 今の子どもたちに求められている教育とは何か その3

今回のテーマも、前回の続きです。

サブテーマ 「プログラミングは目的ではなく、目的意識をやしなう“手段”」

学校のプログラミング学習は、プログラマーを育成するためのモノなのでしょうか?(その中からプロは出てくる場合もありますが)もしそうでないとすれば、何のために学校教育に取り入れたのでしょう。下記のような背景もあります・・・

日本のIT人材は、2030年に80万人、アメリカでも40万人不足すると言われています。IT先進国に後れを取ってしまっているという現状が背景にあるのでは? 日本は2025年までにプログラミング人材を100万人増やすことを目標にしているということも、世界のスピードについて行っていないと勘ぐってしまします。

将来、どんな社会なっているか誰も予測することができない!ということを保護者の方が、子どもとの会話の中でたまに触れているでしょうか。触れていたら、そんな社会を生き抜いていくために必要な力は「社会の変化を予測し、柔軟に対応する力」なんだよ!話してあげることが出来ます。変化を予測するためには、知識や技能が今まで以上に必要になってきますし、対応するためには相応のスキルが必要になることも子ども目線で話すことが出来ます。

今求められている学びとは「行動をともなうアウトプット型の学び」です。この学びは、前回も書きましたが「楽しくなければ継続できない」モノです。教科の学びに「プログラミング的思考」を導入することにより、「自らゴールを決め、それを達成するために逆算し、必要なパーツを考え、積み上げていく」ことで目的を達成するスパイラルが生まれる。

もしそうであれば、プログラミングはそれ自体が目的となるのではなく、従来の教科を学ぶ意味づけ、学びの目的意識を与えられるという可能性を持っていると考えられます。「何のためにプログラミングを学ぶのか」という子どもの疑問に対する一つの答えになるかもしれません。

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「ひきだし」第41回 今の子どもたちに求められている教育とは何か その2

今回のテーマは、前回の続きです。

サブテーマ 「新しい価値をつくりだせる力を育む」

いきなりですが、電話機。今ではスマートホーン(2010年代に登場)が主流。1985年に携帯電話が生まれ36年間で、電話だけでなくテレビや音楽がどこでも見られたり聞けたりできる。写真だって取れて送れたりもする。世界中の人と一瞬に情報交換や共有もできる。また知りたいことも簡単に検索できるまで進化し続けています。こんなこと、36年前に誰が想像したでしょうか。

電話に「新しい価値」がどんどん付加されて行く流れの速い社会の中。今まで考えもしなかったことが学校でも始まっています。昨年度は、小学校に、今年からは中学校に、そして来年度は高校の授業に「情報Ⅰ」として必修化される「プログラミング教育」は何を目的として導入されたのでしょう?

想像し「新しい価値を逆算して」形にした人やチームは、試行錯誤の繰り返しだったと思います。あきらめずに学び、知識を組み合わせて完成させた。作っているときは「楽しかった!」「おもしろかった!」のではないかと思います。おもしろければ、それだけで学ぶ理由にもなりますし、継続できますよね。

それが学びの原点かもしれません。プログラミングもそうなのです。プログラミングに触れた子どもたちのほとんどは、「楽しかった!」「またやってみたい!」という反応を示します。何が子どもたちを掻き立てるのでしょうか。

自分が想像した、作りたいものを自分の判断で作ることが出来る。そこには競争もないし、点数化もされません。自分の自由なキャンパスだけがある。そんな時間は楽しいと思います。

 プログラミングは、多様な表現手段を持っています。子どもたちにとっては魔法の宝箱かもしれませんね。ここに「新しい価値を生み出す」種がたくさんあるのだと思います。また、今まで気づかなかった自分の中に眠っていたものが目を覚ますかもしれませんね。

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「ひきだし」第40回 今の子どもたちに求められている教育とは何か

今回のテーマは、「今の子どもたちに求められている教育とは何か」です。
今回は、5月の「ひきだし」に書いたことを掘り下げて行ってみようと思っています。

サブテーマ 「学びの体力」

今の子どもたちが「生き抜いていく」社会がどのようになっているか誰も想像できません!それが、現実だということを保護者の方に理解して欲しいと思います。チョッときつい表現になりますが、保護者の方が、最新の正しい情報を、意識してつかみに行くということを、今まで以上に求められます。

それでは、誰も想像できない社会で生き抜いていくために必要な教育とは?何なのでしょうか。

今、言われているのは、「今まで以上に、アウトプットできる知識を身につけ、実際に行動に落とし込む技能を習得していくという学びが必要」と言われています。

そのためには試行錯誤できる『体力』が必要です。その『体力』をどのように身につけるのか?が、これからを大きく左右すると経験してきました。私たちは『学びの体力』と呼んでいます。

例えば、高校入試の試験時間は、国語・数学・英語 各60分、理科・社会 各50分です。その中に休み時間や昼食の時間があっても緊張しています。緊張しながら7時間強、意識を維持し、姿勢を崩さずに問題と向き合うことが出来る『体力』がなければ正解を導くことや自分の間違いに気づくことが出来ません。

この『学びの体力』は普段の学習に対する意識からしか身につけることが出来ないことを観てきました。実は、背筋を伸ばし、肘をつかず問題と向き合うことを小さいうちから意識して行動に移しているかどうかの違いだけなのです。集中力も違ってきますね!

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「ひきだし」第39回 夏休み明け!の子どもの変化やサインを見逃さない

今回のテーマは、「夏休み明け!の子どもの変化やサインを見逃さない」です。
 では、子どものどんなことに注意したらいいのでしょうか。

生活環境の変化が心に現れてくると・・・
 休み前はしっかり学校にも習い事にも行っていた子どもでも、夏休みは家にいることが多くなります。それによって環境の変化に不安を覚えることがあります。小学生くらいの子どもは、自分の気持ちをコントロールすることが難しく、休み明けに学校に行けなくなることもあります。
 
 これは、人つき合いが苦手な子どもほどその傾向が強くなります。また、休み明けからの転校なども注意することが必要です。心身に不調をきたしてしまうことも少なくありません。

どんなサインも見逃さないで!
 〈頭が痛い〉〈おなかが痛い〉〈吐き気がする〉〈表情が暗い〉または〈表情がない〉〈食欲がない〉〈体が震えて止まらない〉というような身体的症状があれば要注意です。この症状は『原因不明』であることが多いです。また、話をするときに相手の目を見ない。〈視線を合わすことが少なくなった〉と感じたらこれもサインです。

 このようなサインを感じたら、子どもの話しをゆっくり聞く時間を持つことを大切にしてください。子どもから話してくれる環境を作ることがとても大事です。ここでしていけないことは、話しを無理やり聞き出すという行為です。
子どもは、ありったけの勇気を出して話そうとしているのです。話すまで待ってあげてください。
涙ながらに、声を詰まらせながら話しだし、話しが終わったら思いっきり抱きしめてあげてくださいね。
この時も子どもの様子から目を離さないでください。

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